2022/10/01 07:00


Labの挑戦をひも解く。
 
Tsukuba Place Lab(以下Lab)での「繋がり」から生まれた商品を集めたオープンラボ。その商品は一朝一夕で生まれたものではありません。コラボ相手との挑戦の歴史が詰まっています。どのように繋がりが生まれたのか?Labはどのように挑戦を応援してきたのか?そうして生まれた商品のこだわりとは?「ラボヒストリー」では、Labという場で挑戦してきた方へインタビューすることで、商品に込められた挑戦のストーリーをお伝えします!
 
#2の話し手は、もっくんこと川村葉月さん。旦那さんのよっちゃん(川村宜央さん)とともにつくば市大曽根でもっくん珈琲を営まれています。Lab代表の堀下と11年前に出会ったというもっくんさんは、堀下の挑戦であるTsukuba Place Labをつくるためのクラウドファンディングを見守り、堀下はもっくん珈琲の設備を整えるためのクラウドファンディングを伴走しました。お互いの挑戦を見てきた2人の対談形式で、もっくん珈琲Labブレンドが生まれるまでの11年間をひも解きました。

コミュニティが生んだ出会い
ーもっくんさんとLab代表堀下との出会いは?

もっくん「堀下君が筑波大学1年生のとき(2011年)に初めて出会いました。既存のお店を間借りして土日だけ開いていたコミュニティカフェ『spice up cafe ALDOR(アルドア)に、私が筑波大のOGというご縁でワッフルを提供していました。」

もっくんさんはその頃「もっくんカフェ」という名前で移動販売をしていた。



もっくん「最初、堀下君は当時のALDOR代表と一緒に仕入れに来ていて『この人は代表さんの後輩なんだな』という認識でした。ときどきワッフルを取りに来てちょっと話したくらいで、あまり深い話をしたりとか飲みに行ったりとかはなかったですね。ALDORのコアメンバーは、今は結果的に社長になっている、など何かを成し遂げていて『意識の高い学生さんたちだな』というのが当時の私から見て思っていたことでした。大学生の頃の自分たちは遊ぶことしか考えていなかったから『この学生さんたち仕事みたいなことしてる!』とびっくりしていました(笑)」

堀下「確かにALDORのメンバーは今好き勝手、世界中で何かやっていますね。」

もっくん「やっぱり何者かになる種を持っていた子たちだったんだ。」

ー堀下さんはなぜALDORの立ち上げメンバーに?

堀下「ALDORの代表だったdaiさん(袴田大輔さん)が世界一周をしているときのブログを僕はずっと読んでいて。『世界一周する大学生』としてよく渋谷のイベントで見ていました。僕はただの参加者で、daiさんはTABIPPOの創設者のひとりという立場でした。」

もっくん「袴田君は初めからそういうビッグな感じだったんだ。」

堀下「はい(笑)平たく言うと僕は彼に憧れていて、筑波大でdaiさんが何かやる、という話を聞いたときに『やります!』と声を上げました。そしてdaiさんのもとに集まった7人がALDORの構想を練りました。3.11以降だったことや、studio-L山崎亮さんがテレビにバンバン出始めた時期だったことがあり、コミュニティが大事、という風潮が強かった時期でした。筑波大学は多様な学類が1つのキャンパスに集まっているのに学類を超えた交流は少ないし、卒業すればつくばを離れていってしまうので、地域の人との接点も少ない。じゃあそれをつくろう、と『人と人とをつなぐ、つくばのアイディア発信基地』というコンセプトでカフェをやることに決めました。」



もっくん「当時の自分は『コミュニティってなんぞ?』という感じでした(笑)でも言語化されていなかっただけで、私がやりたいことと割と近かったんだな、と今となっては思います。」

堀下「ALDORは僕の原点にあったのですが、学生団体は3期代替わりするとなくなっていくことが多いですよね。」

もっくん「最初の熱量を保ったまま続けていけるのはそれくらいだよね。」

堀下「そうなんですよ。1期は立ち上げメンバーで、熱量だけでやれる人たちしかいない。2期は1期に憧れて入ってきているから一緒に動ける。でも、3期になると1期メンバーが卒業や就活でいなくなるから、熱量が引き継がれない。」

もっくん「主体性の差が出てくるよね。」

堀下「ALDORも、初期メンバーが大体みんな卒業した3期で終わりになりました。2期のメンバーは4年生やM2が多く、僕だけが3年生だったので、気づいたらみんな卒業してしまいました。」

もっくん「なんか堀下君だけがいつまでもいなくならなかったよね。」

堀下「そのあと休学を3回したので本当にずっといました(笑)」

もっくん「その間もちょこちょこカフェに来てくれて近況を聞いていたんです。」

堀下「月1回やっている朝市『つくいち』で会っていたんですよね。」



もっくん「会うたびに『また違うことをやっているな』と思っていました(笑)」

堀下「僕はALDORをやめてから、休学して下妻に行ったり、水戸に行ったり、最終的には世界を放浪してから京都に行ったんです。」

もっくん「私のほうも2014年に移動販売の車が壊れてしまって、テナントに入ったり、テントで営業したりと、紆余曲折ありました。」

Labの旗揚げ
もっくん「そんなことを経て、次に堀下君の情報が入ってきたのは、Labの立ち上げのときですかね。」

堀下「2016年の7月から、Labをつくるためのクラウドファンディングを始めているので、その頃ですね。」



もっくん「堀下君とはFacebookで繋がっていて、投稿が流れてきていました。筑波大そばの、本当に馴染みのある場所でこんなのやるんだ、と遠巻きに見ていました。クラウドファンディングの支援はしていないんですよ。」

ーLabをつくろうと思ったきっかけは?

堀下「僕は、ご縁があって19歳のときから全国の行政コンサルタントをやっていました。60自治体くらいと仕事をしていたのですが、どこに行っても、まちづくりの担い手『プレイヤー』がいないというお話を聞きました。じゃあ自分もプレイヤーになろうかな、と思ったんです。元々手を動かすことが好きだし、現場にいることが好き。だけど、コンサルとして現場に行っても、手は動かさなくていいし、汗をかかなくていいので、いまいち手触り感がなかった。」

もっくん「生きてる実感がない感じ?」

堀下「そうそう。なんかモヤモヤして、もう1回ALDORのようなことをやりたい気持ちがあり、場を持とうと思いました。僕はバックパッカーをしていたことがあり、ゲストハウスが好きだったので、2015年にゲストハウスをつくろうと1年かけて考えていたんですよ。ビジネスコンテストに出たり、プレゼンして回ったりとかもしたんですが、最終的につくばにゲストハウスは需要がない、とそのときの僕は思いました。でも、場をつくりたい。改めて構想している中で、宿泊業をやりたい訳じゃない、リビング空間をつくりたいんだな、と思ってリビングをつくることにしたのがLabです。」

当時は「コワーキング」という言葉もつくばにはあまり浸透していない頃。理解されなかったことも多かったという。

堀下「『これでやって行けるの?』という興味からか、クラウドファンディングのページをいろいろな人が見てくれたんですよ。その結果、最初の協賛企業3社が決まっているんですね。『学生のためにやるんだったら応援するよ』と言ってくれて。フラーワープスペースロケットスタートホールディングスです。」



堀下「優秀な人が次から次にLabに来てくれたんですよ。でも、会社の事業内容やキャッシュフロー的に『うちで働かない?』『一緒にこれやろうよ』と言えなくて、悔しい思いをしましたね。その経験があって、ちゃんとお金になる事業を育てなきゃな、とか一緒に働きたい人はちゃんと引き込んでいきたいな、という意識が強まった気がします。」

もっくん「きっとLabという場の可能性とエネルギーに寄せられて集まった子たちだったのね。」

挑戦の交点
ーもっくんさんが初めてLabに行ったのはいつだったんですか?

もっくん「一番印象に残っているのは、堀下君が結婚したときに花を持って行ったこと。2018年ですね。それまでは遠巻きにLabを見ながら、別に大きく関わることはしなくて。ALDORのあの子が何かやってる、という認識が続いていた感じでした。」



堀下「Labにお花を持って来てくれたときの前後に、メッセージでクラウドファンディングについて相談いただいていていましたよね。」

もっくん「そう、その頃はつくばコーヒーフェスティバルを経て『コーヒー屋になりたい』と思っていた時期でした。」

つくばコーヒーフェスティバルはつくばの老舗コーヒー店COFFEE FACTORY古橋見洋さんをはじめ、コーヒーを愛する有志メンバーにより運営され、自家焙煎のコーヒー屋さんが出店するイベントだ。



もっくん「当時はCOFFEE FACTORYさんの豆を使ってコーヒーフェスティバルに出ていて、自家焙煎ではなかったんですよね。つくばコーヒーフェスティバルで『コーヒー屋』としてお店を出せるのは自家焙煎のお店だけ、と限定していたから、その枠の中に自分たちが入れなかった。それに悲しみを覚えてしまって。それで一念発起してよっちゃんと2人で相談して、自家焙煎をしよう、店舗を持とう、と決めました。

もっくん「そして、焙煎機を買うくらいのお金は借りることができました。次は物件探しをしましたが、今の物件は探し始めてから3日で見つかったんです(笑)」

堀下「普通、物件探しで止まりますけどね(笑)」

もっくん「子どもの小学校の近くがいい、と花畑や大曽根のあたりで物件を探しました。でも、不動産屋に当たったけれど、安くてお店ができるような物件はありません、と言われてしまった。そこで、歩いて空き家がないか探してみることにしました。すると、今の物件がすぐに見つかった。持ち主の方にすぐに連絡をとりました。」

堀下「ちなみに、Labは、大手の不動産屋で探して見つからず、小さな不動産屋を3、4つ回り、最終的に個人の繋がりもフルで活用しました。」

もっくん「11月にコーヒーフェスティバルが終わって、12月に物件を見つけて、お店をオープンしたのが次の年(2019年)の5月。けれども、借りたお金は焙煎機を買うお金だけでポッキリ。あとはエアコンをつけたりしないといけないので、お金をクラウドファンディングで集めようと思い、そこで堀下君に相談に行ったんです。」

堀下「up Tsukubaで開催していた『Readyforのキュレーターさんに相談してみよう』というイベントの初回に来てくれたんですよね。」



もっくん「そう、ちゃんと勉強をしてから始めようと思って。それから、堀下君やキュレーターさんに伴走してもらい100万円をゴールにクラウドファンディングを行いました。」

堀下「最初は30万くらいのゴールを考えていたんですよね。」

もっくん「そう、最初はエアコン代だけのつもりで30万をゴールにしようと思っていました。でも、堀下君が『もったいない』って。」

堀下「もっくんカフェは10年間営業を続けてきて、それだけ愛してくれている人がいるんだから、ちゃんとやりましょう、と僕がけしかけた覚えがあります(笑)」

もっくん「それでも『私に100万円ください』というのはすごく言いづらかった。すごく怖かったけれど、ここはちょっと頑張るところだろうな、と。本当にこのクラウドファンディングをしたから今があると思います。」

堀下「関係性としてもあのとき一緒にクラウドファンディングをやったのは大きかったですね。クラウドファンディングのページをつくり込むにあたって、改めてもっくんの10年を振り返ったので。」

場で人と繋がるということ
ーお2人とも『場で人と繋がる』という共通点がありますが、似ているところ、違うところはどんなところでしょう?

もっくん「駅前で営業していたときに感じていた課題感として『この街にはストリートがない』と思ったんです。東京の商店街みたいに人がワイワイしているような。それをつくりたい、というのが店舗を構えるときに最初に思ったことでした。」

堀下「わかります。」

もっくん「学生のときDORFという喫茶店で4年間アルバイトをしていて、すごく忙しかったんです。お昼時は学生たちが大盛りの焼肉弁当を食べに来るので(笑)でも、そこで働くのは好きだった。常連さんがいて、私は話しかけないけれど顔を見ればその人だとわかって、相手にもたぶんいつもいる人だと思われていて。お昼のピークタイムを過ぎるとゆったりしたカフェの雰囲気になって、そのときにお客さんが話しかけてくれて日常会話が生じる。それがすごくよかった。」

堀下「今のスタイルと同じですね。」

もっくん「小さなコミュニティ感があったんだと思う。お店を持とうと思ったときにイメージしたのはそのコミュニティ感だった。いつも同じ人が来て、お互いの日常はそんなに交わらないけど、ここでは交わる。Labはまた違った雰囲気があるよね。」

堀下「そうですね、そこは目指していないですね。疲れて癒されたいと思ったらもっくん珈琲に行くと思うやる気に満ち満ちているとLabに来ると思う。もちろんそういう人しか来ちゃいけないというわけではないし、誰が来ても歓迎するんですけれども。」

もっくん「もっくん珈琲とLabは同じだとは思っていないけれど、場という意味では同じくくりかな。」

堀下「僕も、地域のストリートという意識はありますね。交わる場所。人と人が出会う場所。でもLabはもっと人が入れ替わる場ですね。毎日同じ人とやり取りするというよりは、次から次に新しい人が来るのを喜ぶ。」

もっくん「私のほうがウェットだね。じっと待って、誰かの居場所になりたい。」

Labブレンドの誕生

ーLabブレンドが生まれるまでの経緯を教えてください。

堀下「もっくんのクラウドファンディングをやったその年がLab3周年だったんです。」

もっくん「そのリターンのひとつとして、オリジナルブレンドをつくるワークショップにご招待、というのを入れたんだよね。」

堀下「当時、僕はLab3周年を盛り上げなきゃみたいな使命感に駆られたんです。1周年はめちゃくちゃ盛り上がって、全国から150人くらい来てくれたんですよ。でも2年目は、その年の11月に子どもが生まれているから、12月1日の2周年にはほとんど何もできなかった。だから3周年をちゃんとやりたいと思いました。どうしようか、と思ったときに、今までいろんな人がLabに関わってくれたし、つくばを中心に関わっている人と一緒にクラウドファンディングをやろう、と思ったんです。2019年の11月1日から12月1日、目標金額は3,333,333円で行いました。リターンは、例えばEVERY DENIM(現ITONAMI耀平とデニムをつくるワークショップや、野堀さんが買った古民家で何をやればいいか考えるワークショップなど。その中で、もっくんと一緒にLabブレンドをつくる権利、というのも入れたんです。



もっくん「ワークショップは2020年3月に行いました。みんなにカッピングスタイルで飲んでもらって、豆の割合を決めました。例えばマンデリンを2杯入れて、ホンジュラスを1杯入れたらどんな味だろう、とか。」



もっくん「結構時間がかかったよね、3時間くらい。みんなが飲むから無難なほうがいいんじゃないか、という議論があったあとに、涼太郎君が『“Lab”ブレンドなのに無難でいいんですか』と混ぜっ返した(笑)』

堀下「バランスのいい2種類を混ぜよう、という話になったときに、それは無難すぎるという話になって。じゃあ、味は尖らせないけれど在り方はカオスを表現しよう、というところに落ち着いた覚えがあります。それで、大陸も、煎り具合も違う4種類の豆を混ぜた。そもそも4種類も豆をブレンドするというのは珍しいんですよね。それで、Labの多様な人がいる感じを表現しよう、ということになった。」

もっくん「普通は焙煎度の違う豆を混ぜたりはしないんです。焙煎機はすごくシンプルな仕組みで、バーナーがあって回転するドラムがあって、煎っているだけ。けれど、どのタイミングで熱を強く入れるか、焼いたときに出た煙をどれくらい排気するか、など微妙な調整で味が違ってしまう。わずかしかいじれないけれど、そのわずかですごく変化する。」



堀下「ブレンドの比率も複雑でしたよね。」

もっくん「最終的にLabブレンドにはケニア、ホンジュラス、ルワンダ、エチオピアがブレンドされています。味のアクセントになっているのはエチオピアの浅煎りですね。」

エチオピアの浅煎りは、Labブレンドにほどよい酸味を与えている。



もっくん「たまに、Labと全く関わりのない方がLabブレンドを気に入って買ってくれますよ。そこで『このTsukuba Place Labってどんな場所なんですか』という会話が生まれることもあります。」

堀下「ありがたいです。僕ももっくん珈琲のギフトをよく贈っていますよ。ストーリーを話しやすいので渡しやすいんです。筑波大の先輩で、コーヒー屋を立ち上げた方で、いろいろなとこでコラボさせてもらって一緒につくったブレンドコーヒーなんです、という。うちが支援しています、だけでも、お世話になっています、だけでもない。もっくん珈琲Labブレンドは、Labを象徴しているんです。」



11年前、筑波大学の先輩後輩という縁から始まり、お互いに挑戦を応援し合ってきた2人。最初から深く付き合ってきたわけではなく、つくばの街のコミュニティの中でゆるやかに関係性が紡がれてきたのだと感じます。もっくん珈琲Labブレンドは、まさに2人の挑戦の歴史が形になったものだと言えましょう。しかし、きっとこのブレンドは最後のコラボではありません。もっくん珈琲Labブレンドを飲みながら、これからも紡がれていくもっくん珈琲とLabとのストーリーに想いを馳せてください。

株式会社しびっくぱわー 青木優美

Tsukuba Place Lab

“みんなでつくる、みんなの場“というコンセプトのもと、2016年の着想から、クラウドファンディング、DIY、4日間に渡るオープニングイベント…とたくさんの方を巻き込み巻き込まれながら創業し、運営を続けてきました。創業から5年半で延べ17,000人以上もの方がご利用くださっています。「異なる価値観が出会う、アイデアを共有できる場。人と人とを繋ぎ、やりたいことを実現していくための場」を提供するため、年間350本以上、累計1,700本以上のイベントを企画運営し、エネルギー溢れる場を、まさに“みんなでつくって“育んでいます。 Labという場を通じて、より多くの人が挑戦できる社会を実現したい。そして挑戦を本気で応援し合える文化を醸成したいと考えています。Labはこれからもコラボレーションと実験を繰り返し、「あらゆる挑戦を応援する場」であり続けます。